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2007/12/03 (Mon) 21:11
風林火山  48回   いざ川中島

永禄四年八月上杉政虎(Gacktさん)率いる上杉軍一万八千は越後から川中島に進軍して海津城を睨む位置の善光寺平に本陣を構えた。海津城から報告が入り甲斐でも武田信玄(市川亀治郎さん)が重臣達を集めて情勢について話し合う事に。このままでは海津城がまともに上杉に攻められて落城するだけだとゆう事で馬場信春(高橋和也さん)はこれからすぐに武田軍が川中島に向かえば海津城を救えると進言するが山本勘助(内野聖陽さん)は海津城は落ちませぬと断言する。勘助はその根拠として上杉軍がもし海津城を落としてしまうと御館様を川中島に引きずり出せず武田の本軍との決戦に持ち込めなくなってしまうからだと説くのだった。勘助は海津城からの新たな知らせが来るまで待とうと進言するのだった。

その頃上杉本陣でも軍議が行われていた。重臣達は眼前の海津城を攻め落とそうとゆう意見の者が多かったが政虎は弱き者を攻めてどうするとかなんちゃら言った後海津城は見捨てよっと命令。で今後の行軍について現在居る善光寺平から川中島の八幡原を迂回(海津城の横を素通り)して千曲川の浅瀬を渡河して 海津城の背後の妻女山に陣を敷くと宣言するのだった。直江実綱(西岡徳馬さん)は妻女山に陣を敷けば武田方に退路を断たれる事になり危険だと政虎の策に驚くのだった。少々の事では驚かない宇佐美定満(緒形拳さん)も流石にこの策には驚くのだった。が確かに上杉軍が妻女山に陣を敷けば武田軍も妻女山の麓に陣を構えて上杉軍と向かい合わなければならなくなるとゆう事になる。背水の陣的に自らの退路をわざと絶ってまで武田方との決戦に望み必ず勝利するとゆう政虎の強い決意の現れであった。政虎はなおも迷いのある重臣達を信玄を引きずり出して
戦わねば勝負にならないと諭すのだった。

上杉軍は早速その夜に妻女山に進軍開始。海津城で上杉軍と対峙していた香坂弾正(田中幸太朗さん)もその行軍を見つめていた。香坂からの知らせで上杉の全軍が妻女山に布陣した事が甲斐に伝わる。信玄は政虎が退路を断って武田との決戦に出たのだと告げ川中島への出陣を決断するのだった。信玄はこの決戦は両軍この戦にかける覚悟次第が勝敗の分かれ道になるとだから心して戦に備えよと重臣達を鼓舞するのだった。信玄は不動明王に戦勝祈願する。義信(木村了さん)はまだ幼かった頃守り役の飯富虎昌(金田明夫さん)に不動明王について尋ね教えてもらった時の事を思い出すのだった。出陣を間近に控えて信玄は三条夫人にいつも戦の度に気苦労かけてすまぬ等と話した後今度の上杉との戦はとても激しくなるだろうと告げる。三条夫人はそんな信玄に今度の戦は私の為に勝って欲しいと、私を一人にしないでほしいと告げるのだった。信玄はわかったと答えるのだった。勘助は自分の屋敷の庭で槍を振り回して体を慣らして来るべき決戦に備えていた。そんな勘助の様子を見ていたリツ(前田亜季さん)は今度の戦がこれまでとは違うのだとゆう事を感じたのか「父上」っと勘助に声をかけ先日勘助に言われた通りに(香坂弾正に)嫁ぐと告げこの戦が終わった後に嫁ぐので必ず生きて戻って来て欲しいと告げるのだった。勘助とリツは2人で摩利支天に戦勝祈願するのだった。勘助の家に家来らが集まりエイエイオー!っと声を挙げて出陣に。武田の本軍も甲斐を出発して上杉との決戦の地川中島へと向かった。

その道中勘助は諏訪に立ち寄った。元服して今回の戦が初陣となる勝頼(池松壮亮さん)を待って(居城の高遠から来る)合流して川中島へと向かう予定だった。勘助は由布姫(柴本幸さん)の墓に参って今回の上杉との決戦の事を報告し勝頼の初陣を伝えるのだった。部下から高遠勢が到着したとゆう知らせがあり勘助は勝頼の所へ行こうとしたがその時墓の所に浮き上がる様に由布姫の姿が現れる(幻?幽霊?勘助の妄想?)。その由布姫は勝頼を今回の戦に連れてゆくのは駄目だ!っと勘助に訴えて消えてしまうのだった。そこに甲冑武者姿の勝頼が母親の墓参りにやって来て勘助に言葉をかける。勘助はさっきの由布姫の言葉を思い出して独断で今回の勝頼の初陣は駄目ですと。勝頼は部下の五十騎と共に諏訪の高島城に入城してしまいただくと、初陣はもう一年待ってから
ですとこれは信玄の命令だと勝頼に告げるのだった。勝頼はどうして?っとゆう感じで悔しがり守り役の秋山信友も驚くが信玄の命令なら従うしかないとゆう事で秋山は勝頼を高島城に送り届けてそれから川中島に向かうと勘助に告げてその場を去ったのだった。

勘助は信濃の上田に留まっていた信玄の元に行き勝頼を独断で諏訪に留めた事を報告したのだった。信玄は勘助を責める事無くむしろ上策だと告げる。勘助が退出した後で信玄は側近の駒井政武(高橋一生さん)に今回の勘助の策について尋ねるが駒井はもちろん万が一の時の為に武田の血を絶やさない為の策である事は間違いないが(信玄の嫡男義信はもちろん弟の信繁と信廉も今回は従軍していた為本軍が大敗して全員亡くなる怖れもあった為)それ以上に勘助が今度の戦で御館様1人の為だけに戦うとゆう気持ちの表れではっと勝頼様が戦場に居ればそちらにも気をさかなければならなくなるからではっと考えを述べて思えば仕官してからずっと御館様1人の事だけ考えて忠誠してきた勘助の事が羨ましい等と話すのだった。信玄はそんな駒井に絶対に今回の戦で生き残れと告げる。思えば自分が若い頃からずっと一番身近でよく自分に仕えてくれたとこれまでの労をねぎらってもし今回の戦で自分に何かあった時でも駒井が生き残ってれば義信と勝頼の事を安心して任せられると告げその言葉に嬉し涙を流す駒井だった。

武田軍は上田で信濃勢と合流して二万の軍勢となり川中島へ。そして八月二十四日上杉軍の退路を断つ位置である川中島の雨宮に布陣したのだった。宇佐美定満はその武田軍を山上から眺めながら矢崎平蔵(佐藤隆太さん)にわが軍はどうすべきだと尋ねる。平蔵は海津城を攻めると答えるが宇佐美はわが軍が海津城を責めると背後を武田本軍に攻められ挟撃状態になってしまうと、また逆に本軍の方を攻めると海津城の軍勢に背後を攻められ挟撃される事になると告げる。宇佐美は自軍が妻女山に居る間は武田軍の方からは攻めて来ないだろうと険しい山を登って攻め込むのはあまりにも無謀で不利だからだとそして武田軍が雨宮と海津城でわが軍を挟んで退路を断った意図は上杉の方から攻めさせようとする作戦なのだと「この戦さ、攻め急いだ方が負けだ」と平蔵に教えるのだった。

武田軍は千曲川の浅瀬に各部隊を配置した。上杉軍の千曲川渡河を封じる為である。この策で完全に上杉軍は妻女山に封じ込められた形に。武田の軍議が行われる。政虎は越後の居城春日山城に親戚の長尾政景を残し武田軍が政虎と戦わずこのまま川中島を通過して越後に攻め入った時の為に備えていると。武田本軍が越後に攻め入った場合背後を政虎に突かれる事になり挟撃状態になるだろうと。それよりも怖れる事態は上杉本軍が甲斐に攻め込む事だとゆう話も。結局現状を打開するにはやはり武田と上杉の本軍同士の戦闘で勝利して流れを有利に導くしか道はないとゆう事に。勘助は動かずにここで待って上杉が攻めてくるのを待つのが最上だと進言するが馬場は武田の方から積極的に妻女山の上杉を攻めるべきだと進言し勘助と対立。しかし真田幸隆(佐々木蔵之介さん)が「上杉軍は退路を断たれていずれ兵糧もつきよう。そうなれば討って出るしかなくなる」っと勘助を援護射撃して結局待つことに。が上杉軍はその後数日経過しても全く動く気配がなかった。

結局先に動いたのは武田軍の方だった。八月二十九日武田本軍は千曲川を渡河して海津城に入城。上杉の重臣の内の何人かは移動中の武田軍の横っ腹を突いて攻撃すべきだと政虎に進言するが政虎はそれこそ武田信玄の誘いだと突っぱねるのだった。武田の全軍が海津城にっとゆう事になると決戦する為には上杉軍は海津城を攻めなければならなくなるが妻女山から海津城の動きが丸わかりなのと同様海津城からも妻女山の動きが丸わかりなので上杉軍が妻女山を下りた途端武田軍も全軍海津城から討って出るだろうとゆう事で宇佐美定満は動かず妻女山に留まる事が肝要だと進言するが直江実綱は一万八千の兵力で妻女山に籠もりきりではやがて兵糧が尽きてしまうっと不満げに反論。宇佐美は上杉、武田どちらが先に動いても天運に任せるしかないと発言。二人のやりとりを聞いていた政虎も「人の戦さなれば我らの負け。神の戦さなれば我らの勝ちじゃ」と告げるのだった。

そのまま九月になり雨の季節に。信玄の元に上杉軍が乱捕り(近隣の村等を襲って食料奪ったり女を犯したりする事)をしているとゆう報告が。兵士らに乱捕り行為を許してまでもあくまでも自分の方からは動こうとしない政虎に信玄はやはりこちらから戦を仕掛けるしかないと判断して日頃から軍議でよく意見が対立する勘助と馬場を呼んで二人で協議して上杉攻めの作戦を立てる様に命じたのだった。その場に相木市兵衛(近藤芳正さん)が来て先の戦の後生死不明で行方不明だった原虎胤(宍戸開さん)が生きていたと重傷だったのを助けてくれた川中島の百姓の家に居るとゆう。重傷の為まだ自由に身動きが取れないらしいとゆう事だった。勘助は自ら原の元に行く事に。原が身を寄せていた百姓の家はあばら家の粗末な小屋で中は変な臭いと蠅がブンブン飛んでいる怪しげな雰囲気だった。勘助は怖る怖る中に入って行くが中で全身ぐるぐる包帯巻き状態の原を発見し再会を喜ぶのだった。原は炊事場?でなんかゴソゴソしてる(なんじゃそれってゆう感じの深緑色の何か作ってましたね^^;)老婆のおふく(緑魔子さん)を指さして命を助けられた勘助に教える。勘助はおふくに礼を言うがおふくは往生際の悪い奴(生への執着が強い奴)を運んでくるだけだと答えるのだった。原によるとおふくはこれまでにももうかなりたくさんの落ち武者の命を助けているとゆう。勘助はムカデが一杯詰まった壺を見つけ驚く。原によるとそれはムカデを油漬けにした物で血止めに効く薬で自分も塗ってもらったと言う。おふくは原は二ヶ月もの間ずっと寝たきりで戦に出るのは無理だと告げて勘助に手を差し出す。原が自分が元気になったら褒美をやるとおふくに約束していたらしい。勘助は信玄からだと告げて袋から甲州金の塊1つをおふくに手渡した。原は上杉との戦況について勘助に尋ね決戦間近だとシリ知り自分も戦いたいと告げるがとても戦える状態ではない為勘助はまず傷を治せと諭すのだった。勘助は川中島周辺の気候にに詳しいであろうおふくに川中島に濃霧が出るのがいつか尋ねる。おふくは教えて欲しければっとゆう感じで手を勘助に差し出す。勘助は甲州金1塊渡すがおふくは更に要求で結局数個渡す羽目に。おふくは窓から空の様子を見て「明日じゃ」と答える。おふくによると雲が南から北の方向に流れている晩には雨が上がって風向きが変わる。更に月でも出ればまちがいなく翌朝は濃い霧が出るとゆうのだ。そして「明日の朝、川中島は霧の中だ。一寸先も見えない」と断言するのだった。勘助は小屋の窓から空を見上げて上杉攻めの策がうかんだらしく「雨が上がれば決戦はいよいよ明日だ!」と思うのだった。




おふくインパクトありすぎ(^^;)。姿が老婆なのに声だけ妙にめちゃめちゃ可愛いアニメ声なところがまた不気味w。緑魔子さんは石橋蓮司さんの奥さんですな。ドラマ出演自体かなりお久しぶりではないでしょうかね。勘助はおふくの天気予報信じて啄木鳥戦法考えてしまうってゆう事ですな。予告ではおふくが上杉方にも金要求して何か教えてる?ってゆう様な場面がありましたから勘助の事話してそれで上杉方にまんまと裏をかかれてしまうってゆう流れになるんですかね。さぁ来週は死闘川中島っとゆう事で。架空の登場人物達の生死がどうなるのか?ですよね。勘助を討ち取るのはやはり平蔵なんですかね?
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