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2008/01/07 (Mon) 20:41
篤姫   1回   天命の子

薩摩藩島津家の4つの分家の1つである今和泉島津家の当主島津忠剛(長塚京三さん)の妻お幸(樋口可南子さん)は産まれれば4人目となる赤子(上3人は男の子)を身ごもっていたのだが6月下旬突然縁側近くでめまいに襲われる。お幸は朦朧とする意識の中で夢か幻かわからない不思議な体験をする事に。庭先に見知らぬ初老の山伏の様な修験者風の男(麿赤兒さん)が立っていて驚くお幸。その男はお幸のお腹を指さして「その娘を江戸へ連れて参る!」っと告げたのだった。お幸が少しして正気を取り戻した時には既にその男の姿は庭先のどこにも見当たらなかった。家の者が探したがやはりどこにも居なかった。島津忠剛と喜入領主の肝付兼善(榎木孝明さん)は伊集院郷で江戸から帰郷した島津斉彬(高橋英樹さん)を出迎えていた。斉彬は島津家当主の斉興(長門裕之さん)の嫡男だ。忠剛と斉彬は親戚でもあり若い頃江戸で同じ学問所で学んだ窮地の間柄だった。忠剛らは斉彬を郷士達の踊りでもてなし斉彬も見事なものだと褒めるが斉彬に同行していた調所広郷(平幹二朗さん)はこうゆうもてなしもけっこうだが藩財政再建の折に…等と忠剛に苦言と注文をつける。調所広郷は藩の家老格の人物で薩摩藩の五百万両にも及ぶ途方も無い借財をその手腕(陰で相当無茶な事をやっていると噂が)で激減させ薩摩藩の財政を再建した人物だった。その人物がどうして斉彬に同行していたとゆうと斉彬に家督を継がせる事を快く思ってない斉興の命令で斉彬の藩内での動きを監視する為と思われた。

斉彬はお幸の妊娠の事も知っていて上3人は男の子だから今度は女の子が良いと江戸の神社で求めた赤い色の安産のお守りを渡し感激して受け取る忠剛。斉彬は兼善の妻の妊娠も知っていて兼善には青いお守りを渡す。その後斉彬は鹿児島の城下町に入ったのだった。忠剛は屋敷に戻りお幸らと食事。その席で斉彬について話すのだった(人物として優れているとか自分達の事まで気を使って下さるとか)。忠剛はお幸に斉彬からもらったお守りを見せるが青色の物に変わっていた。忠剛には既に男の子は3人居たが体が弱い子ばかりだったので今度は元気な男の子が欲しいとゆう事で兼善とお守りを交換してもらったのだった。そういえばっとお幸が先日庭先で体験した事を女中の菊本(佐々木すみ江さん)が忠剛に話そうとしたのを慌てて止めるお幸。結局謎の男の予言の事は話さなかったが今度産まれるのは女の子かも知れないとだけ話したのだった。その席には今和泉島津家の家老栗川孫六(梅野泰靖さん)や側用人の詫摩治通(少路勇介さん)らも同席していて話題は調所広郷の事に。忠剛は調所の苦言の事を思い出して好かぬ鬱陶しい奴だと思うのだった。忠剛は早く斉興が隠居して斉彬が当主になれば良いのにっと思うのだった。その斉興は江戸の藩邸で側室のお由羅(涼風真世さん)にお灸をしてもらっていた。斉興は藩の内部には早く斉彬に家督を譲れば良いのにっとゆう声もあるのを知っていてわしはまだまだ家督は譲らないとお由羅に話す。斉興は斉彬のの西洋好きで博学な部分が嫌いだったのだ。お由羅はそれならっとゆう感じで自分の産んだ子供の忠教(後の久光)(山口祐一郎さん)に継がせればよいと斉興に訴えるのだった。その頃薩摩の鶴丸城ではその斉彬と忠教が対面していた。兄弟2人っきりで話するのは初めてだった。斉彬は毒等は入ってないからっと冗談を言いながらワインを忠教に勧める。2人も家臣らの間で家督についての色んな噂があるのを知っていた。斉彬は忠教に地球儀を見せて話した後琉球の話題に。この頃琉球は薩摩藩の支配下にあった。斉彬は最近その琉球に異国船が来ているらしいと話す。兄弟は和やかに話していたがやがて薩摩藩の家督争いに巻き込まれてゆく事になるのだった。

天保6年(1835年)10月14日兼善の所に男の子が産まれ尚五郎と命名。後に小松帯刀となる子だ。それから約2ヶ月後の12月19日薩摩では珍しく大雪だった日にお幸が出産。元気な大きな女の子だった。於一(おかつ)と名付けられたその女の子は後に篤姫そして天璋院となる運命の子だった。アメリカのモリソン号が突然薩摩にやって来た為に緊張が走る。モリソン号は日本人の漂流民を送り届けたのだった。モリソン号は薩摩藩との交易を望んだが薩摩藩は鎖国しているので無理だとだから長崎へ行けと告げる。その交渉の場に幼い於一が紛れ込み外人に抱っこされる。薩摩藩が警告の意味の大砲を撃ったのでモリソン号は仕方なく薩摩から去る事に。天保12年の夏調所広郷が忠剛を訪ねて来た。薩摩藩への毎年の上納金2千両の他に藩財政再建の為に更に3千両新たに上納しろとゆう。忠剛は不服だったが従わない訳にはゆかず領地に戻り自分の家臣らにの今後三年間の家禄半減を申し渡す苦渋の決断をするのだった(売り物になる産物がある訳でもなく新しくお金を作るにはそうするしかなかった)。於一は男の子かっと思うぐらい活発な女の子で養育係になった菊本は日々振り回されていた。。於一はある時食べる物もなくひもじさで倒れて身動きできず自力で水も飲めない状態の農民に遭遇する。於一はその農民に尋ねるが農民は「取り立てが厳しくて働いても働いても楽にならない…食べる物も無い」と絞り出す様な声で答えたのだった。於一は初めて見る農民の悲惨な暮らしにショックを受けて屋敷に戻ってから食事を拒否する於一。お幸は於一が農民と話してから様子がおかしくなった事を知り忠剛と共に於一に直接理由を聞いてみる事に。すると於一は「百姓はあんなに一生懸命働いているのに御飯を食べられないのに何もしていない自分が食べられるのはおかしい」っと両親に問うのだった。忠剛は娘からの思わぬ質問に困ってそれは於一が武家の娘に産まれたからだっと答えるのだったが於一が満足できる答えではなかった。お幸は外へ於一を連れ出して話す。人にはそれぞれ役割とゆう物があるのだと。百姓は米を作り武家はその百姓達を守るのだと。だからそうゆういざというときに備えて武家の女は食事を取るのですと諭す様に話したのだった。於一は納得してハンストを止めて握り飯を食べるのだった。於一は両親に詫び状を書いたのだったがその詫び状を読んで忠剛は於一が年齢の割にしっかりしている事に驚きこれで男の子だったらっ…と感じてしまうのだった。

年号が変わった弘化3年6月。島津斉興と島津斉彬父子は江戸城で徳川12代将軍の徳川家慶(斉木しげるさん)に拝謁。家慶は2人に琉球について最近どうなっているか問いただした。家慶はモリソン号等が交易を求めてやって来るとゆう事は薩摩が異国に対して手ぬるいからだと話す。家慶は薩摩に帰って早速琉球の様子を調べてこいと2人に命じる。そこに家慶の嫡子の徳川家祥(後の13代将軍家定)(堺雅人さん)が現れる。家定は体は大人だが行動は子供の様だった。拝謁の場から退席した斉彬に老中の阿部正弘(草刈正雄さん)がヒソヒソ話。阿部によると斉興と調所が琉球の事で何か幕府に隠しているそぶりが見られるとゆう。だから斉彬に調査して欲しいとゆうのだ。斉彬は斉興に幕府が疑っているとゆう事は告げずにただ薩摩に戻り琉球を調査するとだけ告げて薩摩に戻るのだった。成長した於一(宮崎あおいさん)は男装して小松清猷(沢村一樹さん)の塾に参加して学ぼうとしたがその塾には於一の兄の忠敬(岡田義徳さん)も居て必死でごまかすがすぐに女だとゆう事がバレてしまうのだった。小松清猷は笑って塾の授業の後於一と忠敬そして肝付尚五郎(瑛太さんと部屋で話す。小松は阿片戦争等の話をして異国が攻めてくる事もっと話すがそこで於一が鎌倉時代の元寇の話を即座に答えた為によく勉強してるなっと感心しちんぶんかんぷんな男2人を叱るのだった。そんな4人の姿を隣の部屋からこそっと覗いていた女性の姿が。清猷の妹お近(ともさかりえさん)だった。お近は生まれつき病弱の為に家にこもりがちなのだとゆう。帰り道忠敬は尚五郎に家に来てくれと頼む。父親の忠剛の話はいつも長時間に及ぶのでそれを一人で聞くのは辛いからつき合ってくれとゆう事だった。その部屋にやって来た於一の姿を見て驚く尚五郎。さっきまでのお転婆な男装から綺麗な女の子らしい着物姿に変わっていて別人だったからだ於一は家から使いが来たと尚五郎を呼びに来たのだったがそれは尚五郎を父親の長話から解放してあげるのと自分の囲碁の相手をしてもらう為だった。が尚五郎は弱すぎて於一の相手にはならなかった。尚五郎は於一がお守りを見せたので自分もお守りを見せる。尚五郎はお守りを交換しようと言うが於一は聞く耳持たずだった。

斉彬は琉球調査の為に薩摩に帰国するが既にその動きを察知した斉興が調所に命じて先手を打っておいた為に斉彬が調査しても何も新しい事実は見つけられなかったのだった。仕方なく斉彬は江戸に戻るしかなかった。その年の秋は天候不順で凶作の怖れがあり忠剛は悩んでいた。薩摩本家から更に厳しく今和泉島津家の財政を立て直す様にとゆう命令があったからだ。更に忠剛を悩ます事が。領地の郡方書役助の西郷吉之助(後の西郷隆盛さん)(小澤征悦さん)がやって来てこれ以上年貢の取り立てを厳しくされると生きてゆけないとゆう農民らの嘆願書だった。この事が耳に入ったのか調所からもまだまだ手ぬるいと百姓に楽をさせてはならぬと責められる。忠剛はこれ以上は無理だと反論しようとするが調所に上意であると斉興の書状を見せられてひれ伏すしかなかった。その書状には今和泉島津家はもっと改革せよと書かれていた。調所も今和泉島津家がこのままの状態ではよくて忠剛に隠居命令があるいはお家が断絶かもしれぬっと脅しをかけるのだった。帰宅した忠剛は家宝の刀を献上、住んでいる屋敷も手放す、息子の久敬を養子に出す等できうる限りの策を考えて何とか斉興に許してもらおうと考える。その上で自分は屋敷の部屋の中に立て籠もる自首謹慎状態に。しかし忠剛のこの行動で家臣らは動揺。お幸が何とか家臣の動揺を沈める。於一は父親のそんな姿を見て思わぬ行動に出る。調所の屋敷に行き門の前で大声で父親が自首謹慎した事等を訴えた。於一を追いかけてきた尚五郎は於一の大胆な行動に驚きオロオロ。2人とも門番らに取り押さえられて屋敷の中に連行される。於一と尚五郎が座っているとそこに調所がやって来た。父親の事を訴える於一に突然実は自分は琉球で抜け荷をしている告白する調所。抜け荷とゆうと死罪の大罪なので驚く2人。調所は自分は薩摩藩の為の役割を果たしているだけだと2人に話す。そしてもし抜け荷が公儀に知られる事になったら自分一人が責任をかぶってこの首を差し出す覚悟はあると話す。於一は他に藩の財政の窮状を救う手だてはないのかと思うのだった。於一は帰り道これからもっと勉強していろんなことを知りたい分かりたいと思うのだった。



何か大河ドラマとゆうより朝ドラ見ている様な感じがしてしまったんですけど(^^;)。大河最年少主役の宮崎あおいさんだから尚更そう感じるのかもしれませんけど。おもしろいかどうかはまだわかりませんね。初回ってゆう事で人物紹介的な感じの部分も強かったですし。これってかなり脚色されてるんでしょうね。篤姫さんが男勝りな性格で元気な人だったとしても男尊女卑傾向の強かった薩摩でこのドラマの様な行動は無理でしょ(^^;)ってゆう感じもするんですけど。冒頭の予言者的謎の男は何なんでしょ。今後も登場するのか今回だけなのか。麿赤兒さんって「葵徳川三代」で島津義弘役やってましたからご先祖様やんって感じもしてしまったんですけど(^^;)。家定役の堺雅人さんは見るからに危ない人でしたけど家定って知的障害でしたっけ?脳性麻痺で身体不自由じゃなかったかなぁって感じも。ちょっと一年やるには長すぎるんちゃうんってゆう感じもするんですけどねぇ。過去の幕末物の大河ドラマってだいたいそうゆう感じになってしまう物が多い気がするんですけど。だから私は大河ドラマ幕末物より戦国物の方が好きです。
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