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2008/04/07 (Mon) 20:52
篤姫  14話   父の願い

英姫(余貴美子さん)は徳川御三卿の一橋家から島津家に嫁いで来ていた。御三卿とは将軍家の近しい縁戚で名門中の名門。御三卿は御三家(尾張、紀伊、水戸)のような大名扱いではなく将軍の身内なので江戸城内に屋敷があった。篤姫(宮崎あおいさん)は先日英姫に言われた言葉が気になって鬱々とした日々を送っていた。幾島(松坂慶子さん)は英姫お付きの老女藤野(北原佐和子さん)に頼んで英姫に会わせて欲しい(先日の発言の真意尋ねる為)と頼むが藤野はとんでもない事だと身分をわきまえなさい等と幾島を叱るのだった。幾島は篤姫にその事を伝えると篤姫は思いきった最後の手段に出る事に。幾島と共に英姫と面会できる部屋に行き英姫が自分に面会してくれるまで座り込むとゆう作戦だった。この篤姫の思わぬ行動に藤野も小の島(佐藤藍子さん)も困ってしまうのだった。

嘉永六年十一月に家祥(堺雅人さん)は13代将軍となり家定と改名した。家定の生母の本寿院(高畑淳子さん)が老中阿部正弘(草刈正雄さん)を大奥に呼びつけて家定の正室についてどうゆう風になっているのか尋ねるのだった。阿部は薩摩の姫は江戸屋敷にて修行中だと答える。本寿院は阿部正弘の考え(島津から姫を迎える事)に理解を示している様だった。しかし家定は全く関心無し。島津忠剛(長塚京三さん)はずっと病床にあった。見舞いに訪れた肝付尚五郎(瑛太さん)にどこに居ても名前が変わってもわしの娘じゃと話した後で「於一には、大変な途を歩ませてしまったかも…」篤姫を心配している胸のうちを話すのだった。そんな忠剛をお幸(樋口可南子さん)や尚五郎が励ます。

篤姫と幾島が座り込みを続けて4日目となっていた。ようやく英姫が出てきて対面できる事に。英姫は以前と同様に御簾の中で鼻から下を三角巾覆いで隠している状態だった。英姫は篤姫に会いたいから出てきたのではなく藤野が困って泣きつかれたので出てきたと話し「こちらからの用は無い。そちらから述べよ。」っと篤姫に。篤姫は先日英姫が自分の御台所入りについて反対意見が多いと言ったのは嘘か誠か?っと尋ねるのだったが英姫はその問いには答えずに殿(斉彬)に聞けば良いとだけ告げて下がろうとした。篤姫はそんな英姫に母上様が自分に冷たいのは自分が島津の分家の出だからですか?っと尋ねて英姫に近づき勢い余って御簾を外してしまうのだった。篤姫は英姫が花から下を隠している状態の顔を初めてまともに見て驚くのだった。自室に戻った篤姫は情報を仕入れてきたらしい幾島から英姫は幼い頃に煩った病が原因で顔に大きなひどい痘痕がありそれで顔を隠して人前に出る事を極端に嫌っているのだとゆう事を聞くのだった。篤姫は英姫が自分を嫌ってまともに会ってくれなかったのではなかった事を知ってほっとすると同時に英姫を思いやるのだった。

嘉永七年一月再びペルリの艦隊がやって来た。井伊直弼(中村梅雀さん)が登城して徳川斉昭(江守徹さん)と幕府としてどう対応すれば良いかの話になるが開国派の直弼と攘夷派の斉昭では激しく意見が対立するだけで収集がつかなかった。困り果てた阿部は薩摩の斉彬に江戸に来てくれる様に頼むのだった。連絡を受けた斉彬はすぐに江戸に向かうことにしたがその前に今和泉島津家をおしのびで訪問して忠剛を見舞った。ペルリ来航で砲台建設も急がねばならぬ時に病床に伏してすみませんと謝る忠剛をそんな体なのによくやってくれたとねぎらう斉彬。斉彬は篤姫に言伝はないかと訊るが忠剛は無いと答えたがただ一点だけ頼みたい事がありますと斉彬に。尚五郎の父肝付兼善(榎木孝明さん)は尚五郎に西郷吉之助(小澤征悦さん)の江戸行きの為の路銀を渡してやるのだった。尚五郎は父から預かった路銀と自分が用意した守り札を西郷に渡した。西郷は感涙する。西郷は自分が留守中の薩摩の自宅の事を大久保正助(原田泰造さん)に頼むのだった。斉彬は江戸へ出立して篤姫もその事を知るのだった。

江戸城内では今後の米国の関係について話し合い。その結果ついに日米和親条約を締結する事になり下田と函館を開港して長年続いた鎖国に終わりを告げたのだった。江戸に向かっていた斉彬に薩摩からの手紙が届く。手紙は忠剛の死を知らせるものだった。斉彬は江戸に到着して薩摩藩邸に入った。篤姫は喜んで早く会いたいとうきうきするが斉彬は繁忙ですぐに対面する事はできなかったのだった。斉彬は英姫と篤姫の話に。英姫は先日の出来事(自分が会うまで座り込み続けた)を話しさすが篤姫じゃと笑う斉彬。が話が篤姫の御台所の事になると英姫は島津の分家の娘が御台所になるのはあり得ない等と厳しく発言して「そんな者を屋敷に置いておく必要など無いではありませぬか!」っと言う。斉彬はその発言に不機嫌になり退席する。その際に「そなたの言うことは正しい。しかし人を無用に傷つける。」っと諭すのだった。

篤姫は斉彬の側室らと子供らと共に斉彬と対面した。こうゆう場には英姫は顔を出さないのだった。篤姫は斉彬に挨拶するが斉彬は答えずに表情を険しくする。対面の後斉彬は個別に篤姫を呼ぶのだった。江戸の暮らしには慣れたか?とか、家祥が将軍となって家定と改名した事等を話す。自分が御台所になれるのかと不安な篤姫に「わしを信じろ」っとまもなく公儀から正式に輿入れについて沙汰があるだろうと答える斉彬。幾島も斉昭が強硬に反対している事を尋ねるが斉彬はいずれわかる事だと諭すのだった。とりあえずほっとする篤姫と幾島。今度は米国との関係の話に。斉彬は和親条約と開港した事を話し今後米国と対等に渡り合う為には日本は強い国になる必要があると説いくのだった。その後篤姫が今和泉家の事を斉彬に尋ねると斉彬は人払いをして篤姫と2人だけになり忠剛が亡くなった事を篤姫に伝えるのだった。篤姫はどうしてこれまで自分にその知らせが無かったのか?っと斉彬に尋ねるが斉彬は先日病床の忠剛を見舞った時に篤姫に自分が死んだ事を知らせないで欲しいとそれが自分の遺言だと頼まれたとゆう。それには自分の事で心を乱す事なく一途に修業を積んで欲しいという忠剛の願いがあったからだと。斉彬はその場では忠剛の願いを受け取ったが篤姫と話していてやはり隠しておく事はできぬとゆう思いになり打ち明けたと話す。斉彬は自分は忠剛との約束を破ってしまった形になるが実父忠剛の篤姫を気持ちそして自分の気持ちをわかって欲しいと篤姫に話す。2人の父親の思いを受け止めたのか篤姫の目から涙が溢れるのだった

小松清猷(沢村一樹さん)は妹のお近(ともさかりえさん)に忠剛の供養の為に香を焚いてくれと頼み香を焚いて2人で忠剛をしのぶ。尚五郎は今和泉島津家に来て仏前に手を合わせた。仏前には篤姫が鶴丸城に上がる際に自分の形見にと置いていった史書が置かれていてお幸が説明する。お幸は忠剛が死ぬ前日に庭を散歩したいと言うので自分と忠敬(岡田義徳さん)で支えて歩いた。忠剛には庭で子供の頃よく木に登って遊んでいた於一の姿が見えたらしく「於一、降りて来い。」っと叫んだとゆう。お幸と忠敬も同じように於一に呼びかけた。その後も忠剛は「於一はどこにいってもわしの子じゃ。」っと何度も繰り返してそのまま意識を失って亡くなったと。その話を聞いた尚五郎は庭のその木を見上げるのだった。篤姫は実父忠剛の死を悼んでいた。ちょうど桜が咲き誇る時節だった。







英姫が顔を隠していて御簾越しにしか篤姫と話さなかったのは病気の後遺症の痘痕があったからなんですね。もうすぐ篤姫は江戸城に入る訳ですから薩摩藩邸で過ごすのもあと僅かなんでしょうけど英姫と心が通い合う事はあるんですかねぇ。

忠剛が亡くなってしまいましたね。結局過労が原因ってゆう感じだったんですかねぇ。娘を思いやって自分の死を知らせないで欲しいってゆうのはせつないですなぁ。その約束を守れずに忠剛の気持ちを篤姫に話してしまった斉彬も。
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